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脳はどのようにしてできるのか、壮大な生命の神秘に挑む。
親分遺伝子Pax6とは。Case Studies

ライフサイエンス

人間の脳は大変に複雑で、まだまだ解明されていない未知の部分が無限に存在しています。であるが故に意欲的な研究者にとって、大変にやりがいのある分野であると言えます。脳の研究と言っても多岐にわたりますが、東北大学の大隅典子先生は、胎生期の脳の発生と、生後の発達にフォーカスして研究されています。大隅先生に、脳はどのようにしてできてくるのか、脳と心の関係などについて、お話を伺いました。

 

脳の発生と発達における、遺伝子Pax6の働き

Tohoku_Ohsumi_kijinaka「人の脳がどの様にできてくるのかということ、脳の発生の仕組みは、人が何かを考えたり感情が動いたりという全てのことのベースになるので非常に興味を持って研究のテーマとしています。」お母さんのお腹の中で赤ちゃんが育つとき、脳はどのようにして形成されていくのでしょうか。最初に、大脳という大きな部分が形成され、その後、順に小さな区画ができてきます。このように脳ができていくには、脳の細胞を作り出す細胞が必要です。「神経幹細胞」と呼ばれるその細胞は、分裂して神経細胞を増殖していくと共に、神経幹細胞も同時に作り出していきます。そして作り出された神経幹細胞がまた分裂を繰り返し、脳が形成されていきます。「この過程には、遺伝的な要素が強いので、遺伝子がどのように関わるかに軸足を置いて研究しています。」とおっしゃる大隅先生は、遺伝子の中でもPax6(パックスシックス)という遺伝子に注目しています。「Pax6は、いわば脳内の監督です。神経幹細胞は分裂しながら増殖し、神経細胞を作り出している訳ですが、Pax6はそのプロセスを制御しています。なので、Pax6は親分遺伝子と呼ばれています。」

 

人の脳の細胞は胎生期に急激に増殖し、生後3ケ月ほどで減少に転じると信じられていましたが、実は大人の脳の一部、海馬と言われる部分では、神経幹細胞が分裂して作られる神経細胞の産生が続くことがわかっています。Pax6はこの、生後の神経細胞の産生にも大きく関わっていることもわかってきました。「Pax6という親分の指令の元、どのような子分遺伝子がどんな働きをしているのか、また親分が傷ついたような場合、どんな異常が発生発達や行動に表れるのかについて、研究を進めていきたいと考えています。」

 

脳の発生と心の病の関連性

「ほとんどの脳は生まれるまでにある程度の完成形になりますが、海馬では生涯にわたって神経細胞が作られ続けています。ここでの、新しい神経細胞の作られ方というのは、色々な形で脳の機能に関わっていて、その脳の働きが心の在り方に大きな影響を及ぼしていると考えています。脳が健康でなかったら、心も健康にはなれません。」とおっしゃる大隅先生は、マウスを使った実験で脳と心の病の関連性を実証しています。「Pax6が半分傷ついてしまったような場合、機能が半分に落ちます。すると神経細胞の作られ方が落ちてきます。そこで、驚愕音に対する反応がプレパルス音を聞かせることによって抑制されるかどうかを調べる行動実験を行うと、異常が見られることがわかりました。人間でも、気分が落ち込みやすいとか、漠然とした不安を持ちやすいとか、そういうことは海馬の神経細胞が作られ続けることに関係があると考えています。」

また、遺伝的なもの以外に、脳の発生・発達に影響を与えると考えれるものに、胎生期における栄養があると大隅先生はおっしゃいます。「脂肪酸には、えごま油、魚の油などのオメガ3、コーン油、ごま油などのリノール酸のオメガ6などがありますが、妊娠マウスにオメガ6を多量に含む餌を食べさせると、胎仔期の脳構築が影響を受けて、その結果として、不安を感じやすいといったことが実験で証明されました。この実験結果は、妊娠期から栄養的なことに気を付けるべきであるということを、社会に警鐘をならすという意味があります。」妊娠期の煙草やアルコール摂取の影響は広く知られていますが、油など食品にも注意が必要であるとは、社会的に非常にインパクトのある研究成果ではないでしょうか。

 

女性研究者がさらに活躍できる環境を」

大隅先生は、東北大学の女性研究者育成支援事業のリーダーとして活躍されています。その支援プログラムの一つとして<東北大学サイエンス・エンジェル制度>があります。サイエンスエンジェルとは、次世代の研究者を目指す中高校生に「女性研究者ってかっこいい!」、「理系進学って楽しい!」という思いを伝えるミッションのために総長から任命された、東北大学の自然科学系女子大学院生です。女性研究者のロールモデルとしてセミナーやイベントに参加し、科学の魅力・研究のおもしろさを伝えています。「東北大学は、1913年に日本で初めて女子大学院生を受け入れた大学です。2013年に、100周年のお祝いをしました。今年(2015年)は、医学部創立100周年ですが、医学系研究科の女性大学院生に対して奨励賞を作って、研究者になりたい女子学生をサポートしていく制度を立ち上げました。1998年に私が着任した時は、全学で私が二人目の理系の女性教授だったのですが、それ以降増えています。女性教授にボランティアでセミナーに来てもらったり、女性研究者同士気軽に話ができるような機会を設けることもしています。」

大隅先生は、ご自身のブログやSNSを活用されて、情報発信にも積極的でいらっしゃいます。スピード感と変化がある発生生物学の研究は、まさにいて座生まれの先生のキーワードである、「スピード、変化、自由」とぴったりマッチしたとおっしゃる大隅先生。「ダイナミックに変化が起こるものが好きですね。ライカの顕微鏡は、私にとってその変化をとらえるための欠かせないツールです。」

 

 

東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野 教授大隅 典子先生

1985年東京医科歯科大学歯学部卒。1989年同大学院歯学研究科修了。歯学博士。
1989年同大学歯学部助手、1996年国立精神・神経センター神経研究所室長を経て、1998年より東北大学大学院医学系研究科教授(現職)。

実体蛍光顕微鏡ライカ M205 FA

従来の光学系では、高い解像力と深い焦点深度とは、両立しない相反する要素と考えられてきました。ライカ マイクロシステムズのFusionOptics は、この限界を克服した革新技術です。ライカ M205 FA 実体蛍光顕微鏡は、2 本の光路それぞれに別の役割を持たせ、右目からは最大の開口数による高分解能の像、左目からは焦点深度の深い像をインプットします。相反する2 つの情報は人の脳で意識することなく融合され、高い倍率での立体観察を実現しました。