蛍光寿命を測定するには
タイムゲーティングは、パルス発振レーザーを用いて、蛍光を検出する時間を任意に調整して蛍光取得をするイメージング技術です。蛍光イメージングの基礎知識をお持ちの方向けに、タイムゲーティング技術の基礎を解説した資料をご用意しました。
- 蛍光寿命を活用した新しいイメージング手法を身に着けたい方に
- 共焦点レーザー顕微鏡で、必要な情報だけを簡単に取得するための手法が知りたい方に
- 自家蛍光の影響を気にすること無く共焦点レーザー顕微鏡での観察を行いたい方に
タイムゲーティング技術を使いこなす―目次
- 蛍光寿命とは
- 蛍光寿命を測定するには
- タイムゲーティングを用いたイメージングの手順
- 植物の自家蛍光を除去する
- 超解像イメージング
タイムゲーティング技術を活用すると、例えば、ゲート検出の開始時間を励起直後からサブナノ秒遅らせ、試料がもつ自家蛍光など不要なシグナルを切り分けることで、従来のソフトウェアによるアンミキシングでは波長分離が困難だった試料においても、より正確な観察結果を再現性高く、簡便に得ることができます。
自家蛍光とどう付き合うかが長年の課題だった―宇都宮大学 児玉 豊先生
僕らは今、自家蛍光は無いものだと思って扱っている
葉緑体の自家蛍光を、葉緑体に局在した蛍光タンパク質と見間違えてしまう、という問題があり、自家蛍光とどう付き合うかという課題意識や、出来れば自家蛍光を消したいという思いを長年抱えていました。自家蛍光を取り除くための技術自体は既にあったけれど、生体的にイレギュラーな処理を伴う方法が主だったため、より良い方法がないかと模索していました。 Leica HyD とホワイトライトレーザーを組み合わせると「蛍光を取得する時間を調整することができる」と言われて、ということは「もしかしたら、自家蛍光が消えるのかな」とふと思いつきました。ライカの超解像イメージングで使われている手法だと説明を受けましたが、研究室に超解像システムは導入していませんでした。実際にサンプルを見てみると、本当に自家蛍光がゼロになったので、学生と一緒に「何だこれは!」となったんです。 当初は、研究対象である青色光受容体のフォトトロピンタンパク質が葉緑体の周りに局在する、というようなことを明確にできれば良いかなという程度に考えていました。でも、思った以上にきれいに見えたので、「これはすごい!」という話をしたのを覚えていますね。 僕らは今、全てのイメージングでタイムゲーティングを使っています。どんなタンパク質を扱う際にも必ずタイムゲーティングを入れていて、自家蛍光は無いものだと思って扱っている。それがあたりまえという感覚になってしまいましたね。1回使ってしまうと、なかなか戻れないですよ。
葉緑体の運動メカニズムを研究する
僕の研究室は、植物細胞を使って細胞生物学に関する研究を行なっています。主な内容は、オルガネラの細胞内の配置や、運動メカニズムの研究です。一番わかりやすい例は、葉緑体の配置の変化でしょうか。葉緑体の配置で光合成活性が変わるので、その運動と配置の制御メカニズムを調べています。 細胞の中には葉緑体の緑色の粒があり、光合成を行っています。葉緑体は、弱い光の環境下では、細胞の表面に出てきます。そのほうがより多くの光を受けることができるからです。逆に、強い光が当たっているときというのは、細胞の縁の方に移動します。あまり強い光が当たってしまうとダメージを受けてしまうからです。 葉緑体は、温度にも同様の反応を示すことが分かっていて、現在僕たちが主に研究しているのは、温度応答のメカニズムです。最近になって、フォトトロピンが温度受容体であることを発見することができました。 *2 PNAS 2017, 114:9206-9211
光の強度と温度の関係
僕らのホームページには、葉緑体が動く様子を動画で掲載しています。これは低温の状態で観察したものなのですが、葉緑体は、温度が下がると光合成の活性能力、つまり光合成の光を受けられる能力が下がります。 そうすると、葉緑体は、実際には弱い光しか当たっていないにもかかわらず、強い光が当たっていると勘違いをして縁の方に移動するんです。光の強度と温度というのは非常に密接に関わっているんですね。 また、光強度によって、細胞の中の葉緑体の配置がダイナミックに変わるので、植物細胞を見ることで、今の状態が植物にとって弱い光なのか強い光なのかを診断する、というようなことが可能になります。 実際に人工環境で植物細胞を解析してみると、細胞の中の葉緑体の配置が植物の成長に影響する、ということがわかりました。植物がより安定して育つ環境があったんです。
私たちの生活はどう変わるか?
東日本大震災が起きた後、復興支援を目的とした植物工場がたくさん新設されたんですが、何かやれることは無いかと思って、植物工場を実際に見に行ったことがあったんです。その時に感じたのは、思った以上に植物生理学が活かされていないということでした。 もちろん、それまで農家をしていた人たちは、その土地々々に合った野菜を育てているので、環境のことまで考える必要はなかったと思います。ですが、同じ野菜を室内で育てなければならなくなった場合には、光の強度や温度など、植物の生育環境を制御しなければならないですよね。学術的な理論に基づいて制御できるのならまだしも、育ててみて上手くいったかどうか、しか判断材料が無い状況ではなかなか難しい。 だから、植物を育てる過程で細胞診断を行い、どのように環境を制御していくべきかの判断をするための技術を提供できれば、と考えました。それで、葉緑体の運動を指標にした植物細胞の診断技術を開発しました(特願2014-147821)。この技術はどんどん企業に移転して、発展させてもらいたいと思っていますが、自分自身は、もっと基本的な、基礎的なことをやっていきたいと考えています。
顕微鏡の魅力
顕微鏡で見るのは面白いですよね、一番新しいものが見えているような気がして。 細胞の中って、僕らのまだ知らない、見えていないものがたくさんあって、実験をしていても見たことのない現象というか、「何だこれ!?」というものが見つかります。染色したり、さまざまな処理を行うと、良くそういったことが起こるんですよね。学生さんが何も考えずに持ってくるものが特に面白いですね。 それに、細胞の中って、実はすごくごちゃごちゃしてるんです。アクチンの線維や微小管の線維、葉緑体、ミトコンドリア、いろんなものがあって複雑で、その中をかいくぐって、オルガネラが動くんですから、よく制御されているなと思って。不思議でならないですね。 見たことのないものが見えたときの違和感と楽しみは、他に無いですよ。
- ホワイトライトレーザー共焦点顕微鏡
- ライカ TCS SP8 X
ホワイトライトレーザーによる自由な励起光選択、AOBS®(音響光学ビームスプリッター)およびプリズムスリット方式による、最高効率での蛍光取り込みが可能。システム全体の自由度が最も高い共焦点顕微鏡システムです。タイムゲーティングによる蛍光寿命をもとにした新しいスペクトルイメージングや、励起/蛍光スペクトルの組み合わせによるλ2マッピングなど、幅広いアプリケーションに対応します。
- 宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター PI, 准教授
- 児玉 豊先生
2002年佐賀大学農学部卒。2007年奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科修了。博士(バイオサイエンス)。
基礎生物学研究所研究員、九州大学理学部研究員、パデュー大学研究員(東洋紡バイオテクノロジー研究財団)、理化学研究所研究員(日本学術振興会特別研究員)を経て、2011年より宇都宮大学 バイオサイエンス教育研究センター助教、2014年より現職。
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