再生医療の概念を変える新コンセプト
臓器の機能が損なわれてしまう末期臓器不全症に対しては、最終的には臓器移植以外にないのが現状です。しかしながら、ドナー臓器の供給は絶対的に不足しており、毎年2万人以上の移植待機患者が待機中に亡くなっていると考えられます。臓器移植に代わる治療法の開発は世界中から切望され、iPS細胞を使った再生医療には大きな期待が寄せられています。 横浜市立大学大学院 医学研究科 臓器再生医学 谷口 英樹教授、武部 貴則准教授らの研究チームは、世界で初めてiPS細胞を使ってヒト臓器を作り出すことに成功しました。創造した「臓器の芽」を移植し、それを患者自身の体内で育てるという試みで、これが実現すれば臓器不全に苦しむ多くの患者を救えるようになります。最先端の臓器再生研究と臨床への応用について、武部 貴則先生にお話しを伺いました。
「細胞を作るのではなく、臓器を作る」という発想の転換
現在、iPS細胞を用いた臓器再生には、iPS細胞から「肝細胞」を作りそれを患者に移植する、肝細胞移植が主流です。細胞の分化の分子生物学的なメカニズムを基に、iPS細胞に様々な分子を段階的に振りかけて肝細胞を作り、それを患者に移植して臓器を再生しようという考え方です。しかしこの方法は、分化効率が低い、再現性に乏しい、またこのようにして作られた細胞がヒト臓器と同様の機能を持っているかの判断が難しいという課題があります。「肝細胞移植は治療効果に限界があるので、臓器移植が臨床的には最も有効で肝不全になったらこれしか治療法がないというのが現実ですが、私たちが提案しているのは、細胞を移植するのではなく、また臓器を移植するのでもなく、その中間の将来肝臓になる器官原基の移植という方法です。臓器の芽を作って、患者さんに移植し、患者さん自身の身体の中で臓器に育てる、これによって失われた機能を補うという全く新しい発想です。」と武部先生。「肝細胞」ではなく「肝臓」を作り出すことを目標に据えるという発想の転換が、世界初のヒト臓器の創造という再生医療の概念を変える大きな成果を生みました。
iPS細胞から、ヒト臓器の原基(臓器の芽)を作り出すプロセス
臓器は、ただの細胞の塊ではありません。血管が走り、細胞同士が連絡し合い、酸素や栄養を取り込める構造がないと臓器にはなりません。そこで、武部先生のチームは、iPS細胞から肝細胞になる手前の前駆細胞を作り、そこへ血管のもととなる内皮細胞、接着剤の役割を担う間葉系細胞の2種類の細胞を混ぜて培養しました。すると、それぞれの細胞が自律的に集合し、48時間ほどでボール状になりました。内部には血管が存在する「肝芽」と呼ばれる肝臓の芽が誕生した瞬間でした。 武部先生は、「臓器の芽ができるプロセスとか臓器が出来上がっていく過程には様々なプレイヤーが必要になってくるんですね。人間でも成長の過程で、隔離されて一人でいることはありえない。細胞も時々刻々と変化する周辺との相互作用の中でその細胞のアイデンティティが決まってくる。血管とか間葉系と他のサポーターがお互いに変化していくというプロセスが必要なのです。」とこの3種類の細胞の共培養の作用を説明されます。この様にして生まれた「肝臓の芽」を免疫不全マウスの脳に移植すると、2日目には血管がつながり、血流が流れることが確認できました。「細胞が自律的に立体的な組織を形成して、それがまさに体の中で起きる芽ができるプロセスに非常に近い。こういうものを作ると血管ができ始めて、また血管を作ることによってiPS由来の内胚葉の細胞がより成熟していくという相乗効果がある。移植をすれば48時間で血液がぱっとはいるってことも確認できてますし、細胞がどんどんふえて最終的には肝臓の細胞に変化を遂げるということです。」
他の臓器への応用も成功、再生医療研究開発を飛躍的に加速させる「器官原基移植法」
武部先生はこの研究について、「私たちは、肝臓を使ってコンセプトを示したということで、これは肝臓に限ったことではなく、他の臓器にも応用可能です。」とおっしゃいます。その言葉通り、谷口先生、武部先生の研究チームは、上記の肝臓の芽を作製し培養するという手法を他の臓器に応用し、肝臓のみならず膵臓、腎臓、腸、肺、心臓、脳など様々な臓器の原基を創造することに成功、2015年4月に論文を発表し、Cell Stem Cellに掲載されました。創造した臓器の芽を移植するという「器官原基移植法」という新たな手法は、糖尿病治療を目的とした膵臓再生や、腎不全症患者を対象とした腎臓再生などの、疾患治療を目指した研究開発を飛躍的に加速させる可能性があります。実際の臨床への応用の課題について、「一番大きな課題は、大量生産ですが、これは既に民間企業との共同開発で一度に2万から3万の肝芽を作ることが実現しています。」と武部先生。大量生産が可能になれば、コストの面でも、ドナーからの臓器移植に代わる臓器不全の治療として現実的になってきます。武部先生は、「目の前の患者さんだけを救うのではなく、数万、数百万人を救うことを目標にして研究しなさい。」という恩師の言葉、谷口先生の「中国のことわざ、「小医中医大医」の大医となりなさい。」という言葉に励まされ、いつか多くの人を助けたいという想いが研究の原動力です、とおっしゃいます。先生の研究室では、2019年をめどに最初の移植をする計画です。武部先生のチームが開発された、「器官原基移植法」での臓器再生が現実となるのは、もう間近です。
研究をサポートする、ライカ共焦点レーザー顕微鏡
武部先生の研究室では、超高感度ハイブリッド検出器 ライカ HyDを搭載した、共焦点レーザー顕微鏡 ライカ TCS SP8を使用されています。「基本的にいい画が撮れる。低倍率でも解像度の高い状態で見られるのがすごくいいなと思います。HyDは、レーザーのパワーを おさえても微弱な光をきちんと検出してくれるので、サンプルへのダメージが非常に少ないのは明らかなメリットですね。」と武部先生はおっしゃいます。
- 共焦点レーザー顕微鏡
- ライカ TCS SP8
ライカ TCS SP8は最大のフォトン効率と高速化を目指して設計された共焦点レーザースキャン顕微鏡です。全てのオプティカルコンポーネントはイメージコントラストとライブセルイメージングにおけるセルダメージの大幅低減のために選別されています。この高感度ディテクション性能は毎秒428フレームの高速のスキャニングシステムと視野数22を誇る広視野スキャニングシステム、そしてスーパーZガルバノステージを用いたガルボフローモードと呼ばれる高速スタッキングなどをバックアップしています。
- 横浜市立大学大学院 医学系研究科 臓器再生医学 准教授
- 武部 貴則先生
2009年米スクリプス研究所(化学科)研究員、2010年米コロンビア大学(移植外科)研修生を経て、2011年、横浜市立大学医学部医学科卒業。同年 より横浜市立大学助手(臓器再生医学)に着任、電通×博報堂 ミライデザインラボ研究員を併任。2012年からは、横浜市立大学先端医科学研究センター 研究開発プロジェクトリーダー、2013年より横浜市立大学准 教授(臓器再生医学)、独立行政法人科学技術振興機構 さきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」領域研究者、スタンフォード大学幹細胞生物学研究所客員准教授などを兼務。専門は、再生医学・広告医学。
2015年:シンシナティ大学准教授(小児科) 2018年:東京医科歯科大学 統合研究機構 先端医歯工学創成研究部門 教授、横浜市立大学 先端医科学研究センター 教授、横浜市立大学 コミュニケーション・デザイン・センター センター長・教授
<論文実績>
CELL STEM CELL
http://www.cell.com/cell-stem-cell/abstract/S1934-5909%2815%2900115-0
Nature
http://www.nature.com/nature/journal/v499/n7459/full/nature12271.html
STEM CELL REPORTS
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6092760/
<広告医学AD-MED> http://admed.jimdo.com/
<Takebe.Lab> http://takebelab.com/
<公立大学法人横浜市立大学 コミュニケーション・デザイン・センター> http://y-cdc.org/