私たちデンタルチームは患者さんに「健康」を提供している
歯科技工物と聞くと、差し歯のようなものをイメージしますが、詰め物や土台、被せ物(クラウン)、ブリッジなどの「歯冠修復物」の他、入れ歯、歯並びを治すための「矯正装置」、人工歯根を埋め込んで失われた歯を修復する「インプラント技工」など、その技法や技術は進化しています。歯科技工士は技工物の製作・修理に携わり、近代歯科医療においては欠かせない存在の医療技術者です。歯科技工における顕微鏡(マイクロスコープ)の役割について、art & experience® BeR 代表で歯科技工士およびフォトグラファーとして世界で活躍されている山本尚吾先生にお聞きしました。
歯科技工での顕微鏡変遷
「歯科の医療技術が進歩するに従って歯科技工士の業務も高度化、専門化し、技工所へ外注するケースが多くなりました。私がこの仕事を始めたころはまだ細かな作業も肉眼で行っていました。知人に双眼ルーペを販売している方がおり、早くからルーペは使用していました。今では多くのラボで双眼ルーペや最大8倍程度の歯科技工用顕微鏡が使われていますが、全体像も見ながら、もっと細かい部位を観察したいと思うようになってきました。たとえばインプラント外科手術を伴う補綴(ほてつ)物の製作は、倍率8倍では精度を有するところは見えません。またセラミックを除去するという繊細な作業では、拡大倍率を大きく、一方で焦点深度は深くないと作業できないのです。よってズーム式の実体顕微鏡が必要になりました。」
健康を提供する顕微鏡
「最初に導入した実体顕微鏡はライカA60 Fです。それまで見ることのなかった30倍という倍率で、細かい部位をクリアに観察できるのはもちろんですが、焦点深度が深く作業性がまったく異なりました。これまでと同じ8倍でも視野が広く、一回ピント合わせると深度が深いのでピント合わせを何度もする必要がありません。なにより自然な姿勢で作業を継続できます。今まではピントを合わせるために、首や手を動かさないといけないし、胸部を圧迫することもありました。目は酷使しますし、首が曲がってとにかく疲れる、ヘルニアの危険性も増すし、どうにかして回避できないのか、ずっと悩んでいました。実体顕微鏡を導入することで得たものの一つ、それは自身の健康でした。顕微鏡(マイクロ)を導入された方はご自分の健康に投資した、とおっしゃる方が多いですね。長年この職業を継続し、伝承していくにも健康であることが重要です。患者さんはおそらく何かしら不健康を抱えてクリニックにきていると思いますが、もし私が不健康だったら、不健康な人を治せないですよね。私たちデンタルチームは“もの”を患者さんに提供しているのではなく、“健康”を提供している、と改めて思いました。」
デジタルによる双方向コミュニケーション
「私は普段から自然の風景や人物、天然歯の写真撮影も行っていますので、手持ちの一眼レフにズームレンズを取り付けて、技工物の撮影をしています。写真撮影は両手作業になりますから、ミクロン単位の精度を持つ歯の形態を拡大して写真撮影するのは大変です。しかし、カメラが取り付けられる実体顕微鏡 ライカM60を導入して、写真撮影が劇的に変わりました。ライカM60に手持ちの一眼レフカメラをセットし、顕微鏡で見たいところを拡大観察して、シャッターを切るだけでSDカードに写真保存できるのです。さらにその写真をメールで担当ドクターへ送信することで、双方向のコミュニケーションができるのです。ちょっとした形態のずれや寸法のずれもチェックでき、納品できるレベルか、あるいはもう少し削って取り除くのか、別の対応が必要なのか、お互い納得のうえ判断することができます。 自分はこれでよいと判断して納品した技工物も、ドクターに使えないと判断されてしまったら、無駄になり、多くの場合ラボ側の負担になります。ダメな場合に患者様にまた印象(型とり)に来てくださいとお願いするのは歯科医です。患者さんも再度時間を捻出しなければなりませんし、歯科医の信用にもかかわります。我々は直接患者さんと会う事はほぼないわけですから。 またここは普段技工作業スペースですが、研修生を招いて技工セミナーを開催しています。ライカ M60を大型モニターに繋げば、私が作業している手指の動きをすぐに共有できます。今まで言葉で説明していたことも、モニターで画面共有することで理解度はぐっと深まります。限られた時間と情報をもとに患者にとっての最良を模索するのに、写真は本当に有効なツールです。」
社会への還元
きれいなラボで、まるでアトリエですね。技工所というと汚れ易い環境と思っていましたが、おしゃれで清潔・整理整頓・清掃状態にビックリさせられました。 「我々の仕事は事務机でもできますし、ルーペでも作業できるかもしれません。ただより良いものを提供するには「環境」づくりが大切です。歯科医がクリニックを開業するのと同様、われわれも仕事場に投資することが必要なんです。患者さんは、自分の技工物を複数の技工士に依頼してどれがいいか試すことはできません。小さいラボがCAD/CAMシステムを導入することは容易ではありませんが、患者さんにあなたの歯はこうやってつくられました、とエビデンスを提供する工程は、投資すれば無理な話ではありません。 インフォームドコンセントという点でも、インプラントは1本の値段が高いですから、患者さんも写真で見ることができれば安心ですよね。TPPによって技工物を海外で作製する事例も将来でてくると思います。日本人は努力家が多く、歯科技工の技術は世界でトップクラスです。これから世界を相手にしていくには、もっと必要なものに投資していくことが大切だと思います。 日本では少数ですが、私のラボでは患者さんが訪問されるケースも多くなりました。歯の形は?色はどうしましょう?など、打ち合わせをさせて頂きます。アメリカでは処方箋をお渡して、このラボにいって相談して来てください、というようなことを当たり前にやっている。しかし日本は技工士が直接患者さんを触ることはできませんし、ラボは裏方であるがゆえに綺麗なところばかりではありません。しかし実際に患者さんにラボに来訪いただくことで、ハード、ソフト面を総合的にみて、自分の体内に入るものがどうやって作製されるのか、納得し、安心していただけるのです。」
歯科技工に必要なプレゼン力
「正直言いますと、歯科技工士になろうと最初は思ってなかったのです。修理工場に勤めながら、整備士の免許を取得し、いよいよ会社勤めしようかと思ったとき、事故にあい指を怪我してしまったんです。たまたま自分の叔父が技工士で、技工士の職業がどういうものかは知っていたのと、地味な仕事だけれど、座って作業できるのならいいかな、と思ったのがきっかけです。当時は愛媛で、すでにいい仕事をやっておられる先生も多く、地方で成長していくのは限界があると感じていました。そこで思いついたのは専門誌への写真投稿です。雑誌に掲載されれば全国に自分の仕事を知ってもらえます。写真という「プレゼン力」を通して自分の仕事を表現するのは今も昔も同じですね。しかしながら、メール、SNSでリアルタイムに世界に向けてプレゼンできるようになるとは、だれが想像したでしょう。私にはこの顕微鏡は必須のアイテムです。ますます顕微鏡というコミュニケーションツールを使って情報発信していきたいと思います。」
- 実体顕微鏡
- Leica M60
Leica M60はライカの高い光学系により明るく深い焦点深度を提供。ズーム比6.3:1で総合倍率は5×~ 32×(技工用標準組み合わせ)、作動距離110mmを実現。オプションのカメラ用チューブにより、お手持ちの一眼レフカメラなどを取り付けて、写真撮影が可能です。
- art & experience BeR(ビーエ アール) 代表
- 山本 尚吾先生
歯科技工士 art & experience BeR(ビーエ アール)代表 VOCE Ceramist Club 理事 日本審美学会認定講師 愛媛県公衆衛生専門学校卒業 2006年 クラウド・シーバー氏の主宰art & experience メンバーとなる 2008年 BEGO Crown Bridge Ambassadorに任命される