文化財の現状を正確に把握し最善の保存と修復の方法を導き出す
東北芸術工科大学は、日本初の公設民営方式の私立大学として設立された、東北地方唯一の芸術総合大学です。日本にはあまりない文化財保存修復学科を備え、東北初の文化財保存修復研究機関である「文化財保存修復研究センター」を擁しています。 全ての文化財は、それぞれ長い間、多くの人から人に伝えらえ、大切にされている意義があります。文化財の修復は目に見える破損、劣化を元通りにすることだけではなく、その文化財が持つ目に見えない価値を取り戻すことが求められます。そのために、センターでは文化財の歴史性、宗教性、芸術性といった多面的な意義について調査・研究 を行うと同時に、科学的な手法を用いて文化財の現状を正確に把握し、最善の保存と修復の方法を導き出すことを目指しています。 副センター長・美術史・文化財保存修復学科 教授の藤原徹先生、美術史・文化財保存修復学科 准教授の米村祥央先生のお二人に、センターの活動と文化財保存修復の最前線について、お話を伺いました。
目指すのは、文化財の大学付属総合病院
文化財保存修復研究センターは、文化財保存修復の受託事業、研究事業とこれらを大学の教育に還元していくことを目的に2001年に設立されました。センターには、立体、西洋絵画、東洋絵画の3つの保存修復部門と、保存科学部門、歴史・考古研究部門の2つの研究部門があります。それぞれが、独自の技術、専門知識、設備を持ちながら、連携して協力し合っています。 また、大学の保存修復学科の学生は、センターの保存修復実務を実習として体験しています。まさに大学の医学部で、学生が学び実習し研究が行われ、付属の病院では検査や治療、手術が行われるのと同じです。「修復は往々にして、「ではなかろうか」を基準に行われることが多いのですが、私たちは科学的、物理的な根拠をもとにした保存修復をしています。私の仕事は、例えて言えば怪我をした人を治すことですが、確かな治療のために、研究部門と密接に連携をとって進めています。立体、東洋絵画、西洋絵画、それぞれに専門医がいる、云わば文化財の総合病院です。」と藤原先生。この専門性と総合力こそが、他にないセンターの強みです。
科学的アプローチで解明する、文化財の隠された素顔
現在の修復では、文化財を構成している素材や、表面の彩色に使われる顔料、染料や接着剤などを科学的に調査、研究することにより、現状を正確に把握し、個々の文化財それぞれに最も適した保存修復方法を模索することが重要になっています。文化財の検査は、削り取ったり、壊したりすることなしに行うことが必須です。センターでは仏像などの内部構造や劣化状態を非破壊で観察することができるX線システムはもちろんのこと、東洋絵画や西洋絵画に使用されている顔料や金属製品の元素分析に用いる蛍光X線分析装置、接着剤や漆などの同定を可能にする フーリエ変換赤外分光分析計、顔料片などさらに極小な試料の観察に用いる走査型電子顕微鏡(SEM)といった、東北地方のみならず全国でも有数の設備を誇ります。 米村先生に実際の研究について伺いました。 「一般的な文化財分野の研究としては、素材や絵具について、また修復に使う材料、接着剤などの劣化原因に関する研究も行っています。ここでは、受託で入ってくる文化財に対しての科学的な調査、分析が主な仕事ですが、実際の文化財を見ていくと、今までわからなかったことがでてきて、そちらに力を入れて研究することになることも多くあります。例えば、人形などの色は、実際に科学的な手法で絵具の成分を確かめてみると、それまで考えられていた以上に様々なものを使って色を作っていることがわかってきました。作品の調査から、作者が生存していた時代に流通していない絵具が使われていることがわかり、作者についての再考察の必要性が浮かんでくることもあります。また、人間の身体と同様に、レントゲンで見ると目視でわからない内部構造が浮き彫りになります。仏像の横顔をレントゲンで撮ると、鼻の部分を後から盛っているのがわかることがありました、仏像の整形手術ですね。絵画ではX線で見ると、絵の下に別の絵が隠されていることもあります。」 修復というと古い職人的な世界をイメージされますが、センターでは思い込みや直感に頼ることなく、最新鋭の機器を使った科学的なアプローチで、目に見えない文化財の現状を明らかにすることを基本としています。
「地域の人の生活に寄り添った活動でありたい」文化財保存修復受託事業
センターでは主に東北地方の仏像、ひな人形などの立体文化財、西洋絵画、東洋絵画、埋蔵文化財を、国公立の博物館、美術館から委託されて修復を行っています。上記のような入念な検査や文化財意義の考察によって導き出した方針をもとに、修復材料や処置方法について、サンプルを用いた実験などを踏まえた慎重な検討を行ったうえで、個々の文化財に最適な修復処置を実践していきます。委託される文化財は、重要文化財に指定されているものなど文化的、歴史的、芸術的に貴重なものが多く含まれますが、センターでは客観的な価値を受け入れの基準としているわけではありません。「私は、人の営みの痕跡を残すものであれば文化財であると考えています。個人の方の所有しているもので、決して文化的、芸術的価値という観点では高くないものであっても、ご本人にとっては大変価値のあるものである場合もあります。そういったものの修復も請け負っています。地域の人々に寄り添った活動でありたい、それが私たちの目指すところです。」と藤原先生。学術的な活動のみならず、地域への文化財保存意識の啓蒙を目的としたセミナーなども積極的に行い、地域に密着した研究機関であることを理念として活動されています。
被災した文化財を救え!文化財レスキュー活動
2011年3月の東日本大震災では、東北地方の多くの文化財や貴重な資料なども被害を受けました。センターでは、山形文化遺産防災ネットワーク・宮城歴史資料保全ネットワーク(東北大)・歴史資料ネットワーク(神戸大)との共同作業により、宮城県から被災図書 資料等約1000点を搬入し、応急処置を行いました。その中には江戸時代や明治時代の貴重な書籍も多数含まれていました。その後、陸前高田市の博物館から約4000点の図書資料や自然史研究資料を搬入し、応急処置を行っています。津波で水をかぶり、カビの発生や腐敗が進行する恐れのある資料については、冷凍保存後、真空凍結乾燥処理を実施しています。資料のみならず、被災した美術品の修復も行いました。石巻文化センターから、震災により破壊され、傷つき泥や水をかぶりカビが発生した彫刻を預かり応急処置を実施しました。一点でも多くの文化財を救うため、他の自治体、専門機関などと連携しながら、センターの専門性と技術、設備をフルに活用して取り組んでいます。
実習は本物の文化財を使って行う、文化財保存修復学科
大学では学生の修復実習に、センターへ受託で寄せられてくる本物の文化財を使用します。勿論、藤原先生、米村先生を初めとした専門家の指導の元でのことですが、大変めずらしく、また勇気のいる取組みではないでしょうか。「始めた当初は、貴重な文化財を学生の実習に使うなんて、と非常に強く批判されました。論文発表などを重ねていって、今ではだいぶ理解されてきました。仮のサンプルを使っての実習と、本物の作品を目の前にした時では、学生の目の輝き、緊張感が全く違います。それは、これからも大切にしたい本学のポリシーです。」と両先生はおっしゃいます。 「今の教育は文系、理系って分けすぎる気がします。美術大学なので、文系って思って入ってくる学生が多いのですが、本学科では、1.2年の必修カリキュラムで、物理、化学の基礎を学ぶことになっています。3.4年では修復を学ぶことを通して、広い視野を持って深い考え方ができるような教育を行う。文系、理系と分けることなく、総合的な両方の目線を持った人材を育てることが目標です。」と米村先生。「大学は、修復職人を養成するところではなく、実例から文化財や美術品の持つ本質的な意義、価値を理解し、作業としての修復ではなく理念を学んで欲しい。刀一本磨くにしても、材質的なもの、歴史的なものを理解した上での作業とそうでないのとでは全く違います。」と藤原先生も理念を学び、広い視野を持つことの重要性を語られます。
研究室でも修復の現場でも活躍するライカ 顕微鏡
藤原先生は、実際の修復作業にライカ実体顕微鏡を使われています。「まず、作品の全体を目視で概要を把握する。それから顕微鏡を使って細部を詳細に確認していきます。裏打紙を剥がすなどの細かな作業には顕微鏡は必須です。汚れがあった場合、それがしみなのかカビなのかの判断にも顕微鏡を使います。ライカの顕微鏡は、視野が広くて明るいので、長時間の作業でも目が疲れない。」米村先生は、研究と教育にライカ顕微鏡を使われています。「木片の樹種同定(木の種類を特定すること)や色材の観察に使うことが多いですね。雛人形の髪の毛が、人毛なのか生糸なのかや、東洋絵画では和紙を見たりします。」
- 製造業・産業向け
- ものづくり顕微鏡
意外と難しいを顕微鏡観察のストレスを解決する、ライカの観察/検査用顕微鏡&デジタルマイクロスコープ。ストレスフリーで快適な使い心地のさまざまな顕微鏡&ソリューションを提供しています。
- 東北芸術工科大学 文化財保存研究センター 文化財保存修復学科
- 藤原 徹教授/米村 祥央 准教授
藤原 徹教授 仏 ツール高等美術学校保存修復科卒。立体作品保存修復士(フランス文化省)。
米村 祥央 准教授 東京藝術大学大学院・文化財保存学専攻。工学修士。(財)元興寺文化財研究所 研究員を経て、2004年より東北芸術工科大学。