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ライフサイエンス 2015.02.02

レーザーマイクロダイセクション活用事例/植物の傷修復メカニズムを解明する

朝比奈先生と、ライカ LMD7000。出荷台数1,000台記念に、1000の文字が刻まれている。

植物はどうやって傷を修復するのか?

「植物は、傷を負った場合どのようにその傷に反応し、治癒するのか」、そんな疑問を科学的に解明したのが、帝京大学理工学部の朝比奈 雅志先生です。植物の傷修復のメカニズムについてお話を伺いに、帝京大学宇都宮キャンパスにある朝比奈先生の研究室を訪れました。

 

植物は、自らの身体に治癒のメカニズムを持っている

動物や昆虫などは、動くことによって自然界での外的な攻撃から身を守ります。しかし、動くことのできない植物は、風や虫などからの攻撃をかわすことができません。植物の茎は、根から吸収した栄養素を葉や芽に送り、また葉が合成した養分を根に送る重要な役割を担っています。ここがダメージを受けると植物は生きていくことができなくなってしまいます。しかし、植物の茎はその攻撃によって受けた傷を治癒するメカニズムを体内に持っているのです。この性質は古くから知られ、「接ぎ木」として野菜や果樹などの農業に利用されていますが、その詳しいメカニズムについては解明されていませんでした。「植物の特性として大きいのは、動けないということ。神経系、血管系、脳もない。だから、他の生命体のように脳や神経で傷がついたことを感じるわけではないが、その部分で治すという進化をとげたんですね。その仕組みを遺伝子レベルで解明する、特に植物ホルモンによる遺伝子発現の調整機能を総合的に解明することのが、私の研究です。」

 

植物はどうやって、傷を修復するのか

傷を受け切断された茎は、その傷の上部と下部で別々に細胞分裂が起こることによって上下の細胞が接着します。どのようなメカニズムで、傷の周りで細胞分裂が誘発されるのでしょうか。それを調べるために、朝比奈先生はシロイヌナズナを使った実験を行いました。シロイヌナズナの茎を半分まで切断して、経過を観察すると3日目に細胞分裂が始まり、約一週間で傷の上下の組織が結合しました。その細胞分裂の誘発に大きな役割を果たすのが、オーキシンという植物ホルモンです。オーキシンは、頂芽で合成され茎の中を通って根に向かって流れていきます。茎が切断されてしまうと、オーキシンの流れが遮られ傷よりも上の部分に溜まります。一方、傷よりも下の部分にはオーキシンが届かなくなります。これにより、傷の上下でオーキシンの濃度が異なる状態になります。このオーキシン濃度の変化が、転写因子という遺伝子を制御する因子を誘発します。傷の上部では高濃度のオーキシンによってANAC071という転写因子が、傷の下部では通常オーキシンによって抑制されている転写因子 RAP2.6L が誘導されます。これらの転写因子は、新しい細胞の発生や傷の部分の接着に関わる多くの遺伝子を制御する司令塔として働いていると考えられます。さらに、この2つの転写因子は、ANAC071がエチレン、RAP2.6Lがジャスモン酸という傷害によって誘導される植物ホルモンにより、誘導が促進されることも明らかになりました。

植物の傷修復メカニズム

「接ぎ木神話」を遺伝子レベルで解明する

朝比奈先生は、「接ぎ木は、昔から広く行われていますが、この品種とこの品種は相性がいいけど、これとこれは悪い、というのは経験から言われていることで、科学的な根拠があるわけではなかったのですが、そこを遺伝子レベルで証明することに興味がありました。科学的根拠が明らかになることで、より効率的な作物栽培が可能になります。どの遺伝子がどのように関わってくるかがわかってくれば、病気に強くて成長の早い台木が作れる。こういった研究が実際の農業に応用されていくことが、私の夢ですね。」と研究の農業への応用について、熱く語られます。

植物の傷修復の過程
植物の傷修復の過程をシロイヌナズナを使って観察。3日目に細胞分裂が始まり、7日目には上下の組織が結合してるのが見える。
画像提供:朝比奈先生

ダイセクションの導入で、見えなかったことが見えてきた

帝京大学理工学部バイオサイエンス学科には、2014年3月に世界で出荷台数1000台目の、レーザーマイクロダイセクション ライカ LMD7000が導入されました。朝比奈先生は、ライカ LMD7000をどのように使用されているのでしょうか。「ダイセクション導入前は、切片にすることなく実体顕微鏡下で大雑把にとって解析していました。ダイセクションだと、切片を見て興味のある部分だけを正確にとって集められます。かなり限定した細胞レベルまで狭めてとることができるようになりました。ダイセクションでとることにより、ノイズが抜けて知りたい遺伝子の発現がよりはっきり確認できるようになりました。」狙った細胞だけを抽出できるようになったことによって、遺伝子ごとにパターンが違うことが見えてきたとおっしゃいます。「以前は傷の周辺を5mmくらいざっくりとるというのをやっていたのですが、LMD(レーザーマイクロダイセクション)を使うことで、傷の直近の数細胞に限定して発現するタイプの遺伝子や、割と広い範囲まで発現しているタイプの遺伝子など、いろいろな発現パターンが見えてきました。」

 

目に見える変化と遺伝子発現をうまく取り持ってくれるのが、LMD

今後の研究の方向について、伺いました。「今試みているのは、以前よりもさらに細かい部分まで見るために、リアルタイム PCRとの組み合わせでの実験で、発現量やパターンを定量的に見ていくことです。私たちが見てるのは、組織ごとに変化するんですよね、例えば髄とかの基本組織系の反応と維管束のような組織の反応は明らかに違うと考えてます。傷の表皮のほうから内側に向かっての位置情報というのはかなり重要になってくると思います。上下の軸にしかり、空間的なところでもかなり違ってくると思っているので、でもそれは顕微鏡レベルでわかることですから、見てる変化と遺伝子発現というのをうまく取り持ってくれるのがLMDかなと思っています。今後は、植物ではまだあまり行われていないイメージングマスとLMDを組み合わせた実験も考えています。特に細胞壁では場所により、大きさ、形、染色性が変わるので、細胞壁タンパク質もテーマとして取り組んでいきたいですね。」 朝比奈先生は、LMD以外にも共焦点レーザー顕微鏡やウルトラミクロトーム、クリオスタットなどのライカマイクロシステムズ製品をご使用頂いています。「共焦点レーザー顕微鏡を使って、組織中の遺伝子発現やタンパク質等の局在を時空間的に解析することも行っています。」とおっしゃる朝比奈先生。ライカマイクロシステムズ製品は、今後も研究のバリエーションを広げるサポートを続けていきます。

 

レーザーマイクロダイセクション
Leica LMD7000

レーザーマイクロダイセクション (LMD) は、組織中の関心領域のみを回収するための理想的な装置です。LMDにより、研究者は混ざり合った組織標本の中から均質な細胞群、または単一細胞のみを回収し、疾患や生命現象を解明するための分析を可能にします。 最新の高出力ダイオードレーザーは、切片切除から回収までトップクラスのスピードとシャープな切れ味でのダイセクションを可能にします。切片は直接試薬中に落下回収されるので、コンタミネーションフリーで高品質の回収が可能です。

ライカ LMD7000
帝京大学 理工学部 バイオサイエンス学科 講師
朝比奈 雅志先生

2004年 筑波大学大学院生命環境科学研究科修了。理学博士。筑波大学・日本学術振興会特別研究員(理化学研究所・植物科学研究センター客員研究員併任)、オレゴン州立大学、筑波大学遺伝子実験センター研究員を経て、2009年より現職。

帝京大学 朝比奈 雅志先生

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