着る・埋め込む・装着するだけでさまざまな生体情報を計測
センサと聞くと、工場など生産現場のオートメーション化を実現するもの?そんなイメージがありますが、有機エレクトロニクスの進化により、現在は皮膚や臓器などに装着して 生体信号を測る生体センサの開発が急速に進んでいます。柔らかい電子デバイスの研究開発されている、大阪大学産業科学研究所 関谷研究室 荒木徹平 助教に、生体センサの基本と将来について、お話しを伺いました。
柔らかいセンサ
「私の研究室では、有機材料をフルに生かした柔らかい電子デバイスの研究開発を行っています。材料開発から物性評価、回路設計まで、全員の先生が幅広いレイヤーで連携しながら新規エレクトロニクスの創出を目指しております。私は生体信号をセンシングするための柔らかいセンサ材料を開発しています。 センサの計測対象は物から人へ急速に拡大しています。生体情報を計測するには、装着感のなく(着け心地のいい)デバイス設計・構造が必要です。従来の医療用センサは硬い電子素材で作られてきたので、生体との親和性が良くなく、生体の炎症や損傷を引き起こします。柔らかい電子素材によって、人との親和性が高いエレクトロニクス創出にむけた研究開発が一気に進んでいます。」
柔らかいエレクトロニクスが拓く可能性
「これまで電機業界などエレクトロニクス分野では、シリコン半導体のような「無機」を使用してきました。また使用時にも壊れやすいので、軽く、薄くする上で障害がありました。いま現在では、薄くて曲げられる有機ELディスプレイや 有機太陽電池の開発が進んでおります。一方で、有機材料の柔らかさを生かして、生体適合性のある導電性材料や 半導体材料の開発が行われています。生体適合性・親和性のある材料によりヘルスケアや医療での応用が広がり、 着るだけで心電や心拍など生体情報を計測できるデバイス、臓器に埋め込んで術中や術後の経過を計測するデバイス、 化学センサを備えたコンタクトレンズ、脳波を計測によるブレインマシーンインターフェース(BMI)など、 可能性はたくさんあります。」
「曲げられる」から、伸縮できる「ストレッチャブル」へ
「電子機器は電子回路に電気が流れて動作します。どのように動作させるのかは、「能動素子」を「配線」で組み合わせて制御します。素子には能動素子と受動素子があり、 電気の波形や周波数などを変えたりする能力を持った素子が能動素子で、電気信号に特徴を与えます。トランジスタもその一つで、フレキシブルなエレクトロニクスを開発するは欠かせません。その他、 能動的な動作を行わない配線などが受動素子です。しかし、従来の受動素子や能動素子は、機械的な変形により特性が劣化してしまいます。そこで、生体が自由に変形できるように、 電子回路が伸び縮みして変形できれば、生体親和性の高いデバイスを開発できます。
銀ナノワイヤがつくるネットワークによる透明でかつ伸縮可能な配線
「銀ナノワイヤは配線材料のひとつです。銀ナノワイヤは線状で長さが40μm程度、直径90nm程度。銀自体が持つ物性もあって、高い透明性、導電性、柔軟性、伸縮性を持っています。量産も可能な透明導電フィルムとして採用され始めており、スマートフォンやタブレットなどのタッチパネルへ普及が期待されます。 光学顕微鏡により、銀ナノワイヤのネットワーク形成状態を観察できます。銀ナノワイヤは互いにランダムなネットワークを形成しますが、ある制御を行うと配向することも可能です。透明電極の表面がなめらかにして、透明度の高い導電体を作ることができます。また、銀ナノワイヤのアスペクト比を大きくすることで、高い光透過性、高い導電性、さらに高い伸縮性までも得ることがわかっています。」
装着感のない、パッチ式脳波センサ
「生体信号センサは、脳波、眼電、筋電、心電といった小さい電圧を測定する必要があります。特に脳波は他の生体電位より小さくて、100μV程度。従来から使用されている脳波計は高い精度ですが、硬い電極により締め付けれられて着け心地が悪い。一方で開発した生体センサは、おでこにはるだけで、微小な電位測定を脳波計と同精度で測定できました。脳波測定が簡便、手軽になれば睡眠障害の早期発見も増えるでしょう。現在5人に一人が潜在的に睡眠障害をもっていて、睡眠障害による経済損失は3兆円とも言われています。認知症診断も同様です。手軽にセルフチェックできる、そんな時代も遠くない、と思います。別の実験で、脳表面から脳波を解読してロボットへ意思伝達する技術の開発も行っていて、ロボットの表情でその人がリラックス状態にあるのかなど、精神状況も可視化できるんですよ。」
さまざまな顕微鏡をフル活用
「有機と顕微鏡、結びつかないかもしれませんが、光学顕微鏡は金属顕微鏡とデジタルマイクロスコープ、作業用の実体顕微鏡までフル活用しています。金属顕微鏡は銀ナノワイヤの配向状態を確認したり、長さによって導電性が異なるので長さ測定するのに使っています。粒度解析や、結晶の様子を偏光観察で見たりもします。プロセス上に形成される微粒子の光散乱をとらえるため暗視野、粗さを知りたいときは微分干渉観察もします。観察手法を変えても、ライカの金属顕微鏡は明るさ、コントラストが一定で調整要らず、とても使いやすいです。 実体顕微鏡は、生体デバイス作製時に必要とされる、数百μm程度のパターニングを行う際、数mm程度の電気的接点を形成する際になどに使用しております。顕微鏡なしではできません、手先の器用さも必要ですが、ライカの実体顕微鏡は焦点深度が深いのでとても作業しやすい。 有機半導体は厚みがサランラップより薄い数μm厚のサンプルもあり、自立膜にした際に柔らかいためシワが多く形成されて、きれいに写真を撮影するには、ピントがあった画像をとる深度合成が必要です。デジタルマイクロスコープは深度合成が簡単きれいに取得できるので、便利です。」 ライカの顕微鏡はヨーロッパ留学時代に使っていて、細かいところも高精細できれい、焦点深度が深いので、愛用していました。日本に戻っても絶対欲しい!と思っていましたのですぐ電話して検討。顕微鏡はルーチンツールでもありますが、我々の研究には本当に大切なパートナーです」
- デジタルマイクロスコープ
- ライカ DVM6
Leica DVM6は直感的なマイクロスコープ操作とスマートなソフトウェア機能で、スピーディに精度の高い観察および計測を可能にします。対物レンズにはアポクロマート補正レンズを採用。完全な色再現性や高解像度、ハイコントラストな観察が可能。12xから4740xまでをカバーする3本の交換レンズはワンタッチ交換で自動認識。倍率の変更時にも視野のセンターは変わらず、フォーカスも維持されたまま、明るさ、色合いの変化もありません。
- 大阪大学 産業科学研究所 関谷研究室
- 荒木 徹平助教
吉本 秀輔助教、植村 隆文特任准教授、関谷 毅教授