HC光学系~システム構成要素の"調和"により、収差の限界に挑む

インダストリー

HC光学系~システム構成要素の"調和"により、収差の限界に挑む

肉眼では見えない物体を拡大観察するための光学顕微鏡。高品質の観察を行うためには、高品質の光学系が必要とされます。
しかし、どんな光学系においても、光がレンズを通って結像するときに生じる「収差」の問題を避けることはできません。
今回は、収差の原因となる光学素子の物理的なパラメーター、および各光学コンポーネントを調和させることにより収差を最小限に抑えることのできるライカ独自の光学系についてご紹介します。

ライカのシステム変遷~DELTAからHCへ

光学顕微鏡システムの画像は、レンズなどの構成要素によって発生する「異常」に影響されます。光学系における「異常」とは「理想的な結像からのズレ」のことで、これを「収差」といいます。
古い時代における顕微鏡各メーカーでは、レンズなどの構成要素それぞれの収差を除去して、軸上・軸外・波長を問わず、1点から出た光は1点で交わり、平面の像を形成するのが理想光学系であるという認識であり、それを目指して努力していました。

無限遠補正光学系を導入したDELTAシステム

1992年、ライカマイクロシステムズは収差除去のビジョンにもとづき、透過型光学顕微鏡および落射型光学顕微鏡用に「無限遠補正光学系」を導入し、それを「DELTAシステム」と名付けました。
これは、すべてのユーザーに対して、対物レンズと結像レンズの間にハーフミラーやプリズムなどのモジュールを使用することを可能にしました。

DELTAシステムからHC光学系へ

DELTAシステムの理念を継承したのが、1998年のHC光学系(Harmonic Component System)です。顕微鏡システムの構成要素間の「調和」というライカ独自のアイデアに基づいており、現在も使用されています。
HC光学系は、DELTAシステムの基本的な目的と特徴を維持しつつ、より汎用性のあるものに発展させ、ユーザーのニーズと解決すべき問題に対処できるよう開放されました。
現在の研究用顕微鏡は、対物レンズ、接眼レンズ、結像レンズ、カメラ用アダプタなど多数の部品によって構成されており、その性能はこれらの光学系コンポーネントの調和に依存しています。1990年代に開発・設計されたシステムデザインは、今もなお、顕微鏡の性能に影響を与えています。

3世代の倒立型研究用顕微鏡
(左)DELTA光学系を備えたLeica DM IRBは、対物レンズ~結像レンズ間でのハーフミラーやプリズムなどのモジュールの使用を可能にしました。
(中)Leica DM IRE2は、1990年代に新しく導入されたHC光学系の最初の製品の1つです。
(右)2014年に導入されたLeica DMi8は、顕微鏡のすべての構成要素を調和させるHC光学系のアプローチに恩恵を受けています。

光学的・機械的な各基準のバランス

ライカでは、顕微鏡の光学的・機械的な基準値について、システム全体のバランスを配慮しながら決定してきました。

基準焦点距離

対物レンズ単独で結像する「有限補正光学系」の場合、機械筒長はISO 9345-1およびJIS B 7132-1で160mmと定められています。
対物レンズと接眼レンズの間に結像レンズを配置する「無限遠補正光学系」の場合、機械筒長の制限はありません(無限大:∞)。対物レンズと結像レンズの距離を自由に設計できる、鏡筒内にフィルタ等を入れやすくなる、等のメリットがあります。

有限補正光学系と無限遠補正光学系の「機械筒長」の違い

ライカは1992年のDELTAコンセプトの導入に伴い、システム全体を効率的に設計するための理想的な値であるとして、結像レンズの焦点距離を200mmに決定しました。これは、従来のシステムの利点をバランスよく取り入れ、かつ欠点を排除するものでした。

対物レンズのねじ

対物レンズのねじ規格「RMS」は、1858年にロンドンの顕微鏡学会で採用された基準です。しかし無限遠光学系が発展し、蛍光顕微鏡などに開口数の高い対物レンズが求められる現在では、RMSに固執すると顕微鏡の開発がさまたげられます。ライカでは、1992年にDELTA光学系の対物レンズに「M25X0.75」ねじを採用し、HC光学系にも受け継ぎました。

同焦点距離

「同焦点距離」は、ピントを合わせたときの、対物レンズのレボルバ取付面から標本面までの距離

DELTA光学系の開発中には、対物レンズの同焦点距離を延長する可能性も検討されました。
たとえば、60mm以上の長い同焦点距離は、顕微鏡とマクロスコープの境界にある対物レンズを設計する場合には有利ですが、顕微鏡としての技術面・用途面のバランスを考えると非常に不利になります。
同焦点距離だけを長くしても、人間工学に反する使いにくい形になります。正立顕微鏡では接眼部を、倒立顕微鏡の場合は試料ステージの位置を、それだけ上へ動かさざるを得ないからです。

対物レンズ後方の焦平面(射出瞳)の位置は、結像レンズの補正方法に影響しますし、対物レンズと結像レンズの聞の無限遠光路に挿入するコントラストモジュールの光学的・幾何学的設計にとっても重要です。同焦点距離が長くなりすぎると、射出瞳から光学素子までの距離が延び、レンズの直径が大きくなります。これは、補正上の問題やコストの高騰を招くだけでなく、高性能対物レンズでは集光感度が上がりすぎるという欠点もあります。

各顕微鏡に共通なポイントを慎重に分析した結果、ライカは同焦点距離を45mmに決定しました。これは、DELTA光学系で理想的な結果が確認されていた数値です。
HC光学系にもこれらの基準サイズを受け継いだ結果、「顕微鏡の作業場所」全体で、光学的・機械的・人間工学的な問題をバランスよく解決できました。

収差補正のハーモニー

これまで述べた機械的・光学的な各基準サイズから、レンズ構成の幾何光学的な枠組みが与えられ、その枠内で結像と収差補正を設計することになります。

個々の構成要素に対するアプローチ

顕微鏡の個々の構成要素~対物レンズ・接眼レンズ・結像レンズ・カメラアダプターなど~は、それぞれ物理的に異なる目的を持つため、物理的に不可避な収差とその補正方法も異なります。
「顕微鏡システム全体」での光学設計や、光学エレメントへの収差補正の配分については、多種多様なアプローチが試みられてきました。
最初は、各光学エレメントの収差を、それ自体で補正する設計が魅力的に思えました。これは原理的には可能ですが、補正の「過負荷」を招き、コストも高くなりすぎます。やっと可能な限界を達成できたかと思えば、実用上は補正が過剰だったりします。

構成要素全体に対するアプローチ

実は、複数の光学エレメントに補正を配分し、光学収差を顕微鏡システム全体として補正するほうが、ずっと合理的であることが経験的に実証されています。
球面収差・コマ収差・軸上色収差(縦色収差)は、収差が発生している光学エレメントだけで効率よく補正できます。一方、倍率色収差(横色収差)と非点収差の補正は、対物レンズと接眼レンズに割り振るのがベストであることが、早い段階で知られていました。
無限遠光学系が導入されてからは、すべての顕微鏡に結像のための結像レンズが備えられ、中間画像を実像として結びました。このシステムは中間画像で特有の補正を行えるので、技術的な自由度が増しました。
1992年のDELTA光学系の発売に伴い、対物レンズの倍率色収差の補正は、接眼レンズから無限遠補正光学系内の結像レンズへと移行されました。これはHC光学系へ移行する過程で重要なステップとなり、広視野接眼レンズの設計に特別な利点をもたらしました。

DELTAシステムとHC光学系における、像面湾曲と非点収差の補正。対物レンズ・結像レンズ・接眼レンズそれぞれのサジタル面(光軸と主光線を含む面に垂直な平面)とメリディオナル面(光軸と主光線を含む面)での湾曲・収差を図示しています。HC光学系では、各構成要素に補正を配分してバランスをとっています。

非点収差・像面湾曲の補正

メリディオナル面(光軸を含む面)とサジタル面(メリディオナル面と垂直な面)との曲率半径の違いによって生じる収差が、非点収差です。 非点収差のあるレンズで格子模様の物体を見ると、縦の線にピントが合うと横の線がボケて見え、横の線にピントが合うと縦の線がボケて見えます。非点収差はレンズ入射角の2乗に比例して大きくなるので、視界の広い双眼顕微鏡では、視野周辺の像に大きな影響を与えます。
非点収差が除去されると、単一の(シンプルな試料の場合は凸面の)像面(像面湾曲)を形成します。
像面湾曲・非点収差の両方が除去された理想的な光学系では、像面がガウス像面に一致し、試料の視野全体にわたってシャープに焦点が合います。

コマ収差と非点収差を十分に補正すると、光軸外の点から出た光線は一点に結像しますが、光軸上の結像点に垂直な面上に結像するとは限りません。
非点収差を補正した後の像面湾曲の残り方は、対物レンズの種類によって変わります。対物レンズの構成が複雑になるほど、像面湾曲は小さくなります。
非点収差の度合いは、主にレンズの形状に左右されます。アクロマートのようにシンプルな構成の対物レンズは、基本的なアプラナート補正(球面収差とコマ収差を除去する補正)を満たしていても、常にある程度の非点収差が残ります。

残った像面湾曲の補正については、接眼レンズは当初関与しておらず、より複雑なプラン対物レンズを開発することにより、付加的に補正することが可能になりました。しかし経験を重ね、像面湾曲と非点収差の補正を、結像レンズを含む各コンポーネント間で均等に配分したほうが有利だと分かってきました。これは、HC光学系で実行されました。
対物レンズが像面湾曲の補正にはたしていた役割は、後方の光学エレメントに配分される新しい補正方式に取って代わられました。そのため対物レンズに「余裕」ができ、特殊なアプリケーションに対する自由度が増加しました。

HC接眼レンズ

接眼レンズの倍率色収差は、対物レンズとは異なり、視野の周辺部に向かって直線的に増加することはありません。以前の接眼レンズでは、メリディオナル像面湾曲やサジタル像面湾曲についても、同様の非直線性が見られました。
対照的に、対物レンズの像面湾曲には、この現象が起こりません。この相反する要素の調和を図るのは至難の技です。視野が大きい場合は、どんなに上手くバランスをとっても、一定の非点収差が残ります。
HC光学系では、対物レンズの湾曲補正の大部分を、接眼レンズに肩代わりさせました。新しい課題を解決するために、接眼レンズのタイプはより複雑になりましたが、歪曲収差や非点収差などの残存収差を自由に補正できるようになり、接眼レンズの像面湾曲を初めて「非輪帯」に補正できました。

HC光学系では、対物レンズの湾曲補正の一部を接眼レンズが担っています。

まとめ

長年にわたる開発の結果、顕微鏡をシステムとして見ることの重要性が判明しました。1998年にHC光学系が導入されたあとも、ライカマイクロシステムズは現在でも有効なこのビジョンをさらに発展させました。
技術構想のベースになったのは、1992年にDELTAシステムと共に導入された光学的・機械的な基準寸法~同焦点距離・対物レンズのねじ規格・結像レンズの焦点距離~です。
HC光学系では、システムを構成するすべての要素間で、収差補正のバランスがとられました。これによって、蛍光顕微鏡・共焦点顕微鏡・電気生理学などの特殊な用途専用の対物レンズも開発されました。また、光学系の汎用的なアプリケーションのポテンシャルを保つことが可能になりました。

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