TauSenseは、蛍光寿命を利用した複雑なイメージング技術を誰でも容易に利用可能とする、画期的な手法です。このTauSenseの新ツールとして、ライカはTauInteractionを開発しました。TauInteractionは、蛍光寿命を使って分子同士の結合状態を観察する研究手法で、分子間相互作用を簡単に検出し定量化できます。このツールは、共焦点レーザー顕微鏡STELLARISへ実装可能です。
分子間相互作用の定量化方法
分子間相互作用は、ゲノム情報を物理的な働きに変換することで、細胞機構に燃料を供給しています。分子の組み合わせは大きく分けて、核酸(DNA/RNA)とタンパク質、 タンパク質とタンパク質、 低分子とタンパク質の3種があります。そして、これらの2つの分子間で相互作用が起こっていることを実験的に確認する方法として、フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)が採用されています。FRETを使った実験は、研究対象の分子の一方にドナーとして働く蛍光プローブを、もう一方にアクセプターとして働くプローブをつけて行われます。この「ドナー・アクセプターペア」は、ドナーの発光とアクセプターの吸収が実質的に重なるように選択され、この条件下で2つの蛍光体が十分に近接し有利な配向をしていれば、FRETが起こります。
このFRETの発生を示す指標は主に二つあります。一つ目はFRET効率です。これは距離と方向によってどの程度のFRETが起こっているを表し、分子間相互作用を定量化する最も一般的な方法として使われています。そして二つ目は、相互作用しているドナーの割合(fD)です。これは、ある時点で分子間相互作用に関与しているドナーの分子数に相当します。本質的には、ドナーの蛍光体の励起状態からのエネルギーは、吸収によってアクセプターの蛍光体に光子を放出することなく伝達されることになります。この過程で、1)ドナーの蛍光強度の減少 2)アクセプターの蛍光強度の増加 3)ドナーの蛍光寿命の減少が生じます。ドナーとアクセプタからのこれらの異なる読み出しは、FRETデータを取得し解析するための戦略の基礎となります。
FRETを使ったアプローチの多くは、ドナーの消光、アクセプターの光退色、および増感発光などの輝度に基づいています。輝度に基づくFRETは、機器の必要条件を単純化しますが、一方で、ドナー・アクセプター相対シグナルの不均衡、インナーフィルター効果、ドナーの光退色、フォトクロミシティなど、実験デザインによるアーチファクトのリスクが生じます。また、試料の光毒性など、動的な生体試料の振る舞いに適合しないリスクも増加します。
なぜmfDを使用するのか
蛍光寿命イメージング顕微鏡(FLIM)を用いたFRETは、依然としてゴールドスタンダードなアプローチです。なぜなら、FRETの読み出しは、ドナーの蛍光寿命の変化のみに依存するため、上記で言及した輝度に基づくFRETのリスクをほとんどを回避することができるからです。しかし、FLIMの歴史的な複雑さにより、蛍光寿命に基づくアプローチは、生物物理学に焦点を当てた専門グループに限定されています。そのため、複雑な物理モデルなしにFRET効果を利用する、より簡単な方法を見出す努力がなされてきました。
この方法は、研究対象の生物系をよりよく理解するために、関連データを提供することに主眼を置いています。FRETの発生を示す指標として、相互作用しているドナー分子の割合(fD)を前述しましたが、この最小割合(mfD)こそが、シンプルかつ強力な概念です。mfD の目的は、FRET に関与する最小限の分子数を評価することで、相互作用するドナーの割合と関連しています。このため、mfDはアクセプターがない場合のドナー分子の蛍光寿命の値を用います(図1)。そこから、与えられた蛍光寿命の変化を説明するために、このドナー分子と相互作用する必要がある最小限の分子を計算します。このようにして、mfDは相互作用するタンパク質の最小相対濃度に基づき、相互作用の発生をその場ですぐに読み取ることができます。
(図1)TauInteractionの原理。A) mfD方程式。B)ドナー(D:緑の丸)とアクセプター(A:赤の三角)が、互いに離れているか、分子の半分が相互作用しているか、あるいはすべてが相互作用しているかを示した図。TauInteractionは、mfDに基づいて、相互作用している分子の割合を得ることが可能。
TauSenseの新ツール-TauInteraction
mfDのフレームワークは、TauSenseが提供する蛍光寿命に基づく情報(図1および参考文献)に直接アクセスできるため、STELLARISのプラットフォームと非常に相性が良いです。ライカは、蛍光寿命のポテンシャルを利用してFRETの定量的な読み出しを行うために、TauInteractionというTauSenseの新しいツールとして、mfDを実装しました。
TauInteractionは次のような仕組みになっています(図1)。あるFRET実験では、近接する分子(ドナーとアクセプター)が多数存在する可能性があります。もしこれらがランダムな事象であれば、FRETを受ける分子の平均数は無視できるほど少なくなります。逆に、分子間に活発な相互作用がある場合、近接したままの時間はドナーの蛍光寿命の減少につながります。このような場合、TauInteractionはそのような変化に寄与した分子の割合を報告します。その結果、オンザフライ(画像取得中)で生成された、相互作用する分子の割合をピクセル単位で示したTauInteractionマップが得られます。さらに、ドナーの蛍光輝度が提供されるため、必要に応じて輝度ベースのFRETツールを用いた独立した解析が可能です。
TauInteraction が分子間相互作用を定量的な読み出しに変換する例として、まず、ドナー-アクセプター蛍光タンパク質ペア(EGFP-mCherry)を、短いアミノ酸配列で連結して発現するタンデムコンストラクトを用いて、その実装を評価しました。このコンストラクトは、一過性にトランスフェクションした生細胞において、一定の正のFRET挙動を示します(図2)。
これは相互作用している分子の27~29%にあたり、生体試料で観測されるFRETの最大値と一致しています。もし、ドナー分子とアクセプター分子がはっきりしていれば、相互作用の割合はこの最大値よりも低くなります。ドナー分子の量を少なくすれば、このような状態を再現することができますが、これは、mCherryシグナルの一部をフォトブリーチすることで簡単に実現できます。そして、アクセプターの一部を光退色させ、相互作用を消滅させると、サンプル中で相互作用している分子の割合が約50%減少することが確認されました(図2)。
TauInteractionのようなTauSenseの蛍光寿命に基づくツールがSTELLARISに統合されたことで、研究者が堅牢かつ定量的な方法でFRETプロセスを研究する道が開かれ、生物学的相互作用の機能的な答えが得られるという究極のゴールに到達することができます。
図2:生細胞におけるTauInteraction。A) EGFP-mCherryタンデムの輝度画像。B) 3つの関心領域(ROI)が細胞上に設定され、ROI1ではアクセプター分子をブリーチするために高い光強度が使用された。EGFPとmCherryの輝度を描写した画像が示されている。TauInteraction画像は、細胞内に存在する相互作用分子の割合(%値で表示)を示し、アクセプター分子の損失と一致するブリーチ領域では明らかに低い割合となる。
- 共焦点顕微鏡
- STELLARIS
これまでの限界を超え、これまで見えていなかったものを明らかにする共焦点顕微鏡プラットフォームSTELLARIS。Power HyD検出器と白色光レーザーの相乗効果による高い「能力」、独自のイメージングツールTauSenseにより新次元の情報を探索する「可能性」、スマートなインターフェースImageCompassがもたらす「生産性」を兼ね備えています。